そこまでは聞いていないって
まだ旅の一日目の話でありますが、あっちこっと脱線するものですからなかなか先には進まないのでありますが、これでいいのです。だってたかだか新潟へ車で行っただけの話ですからたいして面白い話なんてあるわけがないのであります。
埼玉のご夫婦は昨年自営していた焼き鳥屋さんを畳んで隠居生活に入ったのですが、どうも仕事をしていないと落ち着かない、そこで昔からやりたかったアウトドアをやってみようと思い立ったということであります。そういえば車はワンボックスのビカビカ新車であります。これまで四国を1ヶ月ほどかけて周ってきたそうです。
他にも近くを泊まり歩いたそうなんですが、こんな風に見知らぬ人と和気藹々と酒を呑み交わしたことは始めてだそうです。あまりに感激してくれるもんですからなんだかこそばゆくなってしまいました。
私の経験からいいますと、夫婦で旅するとどうしてもそうなってしまうのです。だってまったく寂しくないわけですから、日常の家庭生活がそのままに外へ飛び出した状態になるわけです。当然他所の人とはまったく会話を交わす必要がないわけですから必然的にそういう状態になってしまうのです。普通の人はそれが旅だと思っているのです。
ある時発作的に独り旅にでかけた時があります。私の生活は基本的に朝から晩までパソコンの前に座っており、へたすれば一日中口をきかないなんてことも珍しくないのです。それでその旅をしている最中にある事に気がついたのです。どこへ行っても家で仕事をしているニート状態だということであります。仕事部屋が単に車の中に移っただけの話なのです。これではいかんのではないか、これでは旅に出た意味はないのではないか、と強く思ったのです。
そこで勇気を振り絞って誰でもいいから話しかける決心をしたのです。普段はプログラムコードだけを相手にしており、人と話すの本当に苦手なのであります。「こんにちは」のひと言が出てこなくてかなり苦労したことを覚えています。
最初に会話に成功したのは日帰り温泉の露天風呂のなかであります。「こんにちは、地元の方ですか」地元の人であればこの周辺の情報根掘り葉掘り聞き出しますし、他所から来た人ならばその人の住んでいるところの情報をできるだけ詳しく聞き出すことにします。
だいたい、休日でもない普通の日に日帰り温泉なんかにのんびりと浸かっているのは基本的に暇な方が多いのです。
「姉の嫁ぎ先がなぁ、あまり良くなくってな苦労したと思うよ。その姉がな、昨年ガンでなくなってしまってな」
そこまでは聞いてないって、「で、その姐さんの嫁いで行った先はどこなの?」必要ないって、そんな情報と思っていてもなんだか相手が話したそうなのでこちらも引くに引けなっくなってしまったこともたくさんあります。「それがな、千葉の船橋というところなんだよ」「あれ!俺その隣の市川というところからきたんだよ」「え!あんな遠い所からわざわざ」「で、何しにきたんだ」何しにきたんだと問われても明確な応えなどあるはずもなく困ってしまうのであります。