基準は勝ち負けだけじゃないよね
人生勝ち負けだけの価値判断からすれば、あれは負けたんだろうかと思わないでもない。ただあの時の生活は実に楽しかった思い出ばかりなのであります。確かに広大な耕作放棄地を目にした時は、現実の厳しさをこれでもかと思い知らされたような気もしましたが。
2年間の百姓もどきの生活に見切りをつけて、4畳半の仕事場に籠もりきりになって、再びコードを相手にし始めた時には、どこかにほっとした気持ちもあり、ああー、これが俺の本来の姿だったんだなと安心した事も確かなことであります。
あの時の百姓もどき生活のなかで農業から得た収入は0でありました。燃料代やら肥料・種苗代それに毎日催す小宴会の酒食代等々すべて持ち出しになりますから大変な出費であったことも確かであります。
当然寝泊まりしている作業小屋にはパソコンを持ち込んで自分の食い扶持分は稼いでいたのです。そうでもしなければ素人が農業で身を立てるなんてことはとてもできたものではありません。
その日の夜は仁別にある大きくてかなり整備された公園の真ん中に陣取って、自分の胸のうちを妻には悟られないように、いつもよりも快活振る舞い続けて深い眠りの中に沈んで行ったのです。
これが今回の2泊目の夜のことでありました。
明日は男鹿半島を一回りする腹積もりになっていたのです。